| 新刊一覧 |
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兄達は無情なまでの雨に身体は濡れ、物資・兵器・弾薬・食糧のほとんどは砲爆撃で消失し、見るも無残な姿で若い命を失っていったのであろうか、あるいは一瞬のうちに散華したのか、あるいは自決に追い込まれたのであろうか。兄は時に二十四歳であった。(帯文) |
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石田邦夫著
『戦場に散った兄に守られて
〜軍国主義時代に青春を送りし〜』
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2008年08月15日発行
栞解説文:鈴木比佐雄
A5サイズ、160頁、上製本
■定価2100円(税込)
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【目次】
◆青春を捧げた戦争(その1) <少年時代から戦争に突入した激動を思う>
一、生命軽視の世界大戦時代に育って/二、玉砕・総力戦に向かう学徒兵たち
◆青春を捧げた戦争(その2) <レイテ戦における兄の戦死を偲ぶ>
一、兄をはじめ多くの戦死者を出した南方の島々/二、白骨街道を作り出す無謀な作戦
三、情報戦・兵力開発力に差をつけられて/四、神風特別攻撃隊を命令した大西中将 五、世界恒久平和を願って ◆青春を捧げた戦争(その三) <徴兵により関東軍の一員となり復員までのこと> 一、満州第五二六部隊
に入隊して/二、終戦の詔勅を聞いて ◆思い出の写真 ◆後記 ◆
参考資料
【序文を紹介】
本書は青春を戦争に捧げて幸運にも生還した石田邦夫氏が、明治から昭和にかけて日本が軍国主義へと傾倒して行った歴史的現実としての内政外交の善悪を検証しつつ今次大戦に命を捧げた英霊に対する鎮魂と哀惜の情をこめ、心血を注いで認めた戦争の記録である。
内容は、(その一)から(その三)にわたる三部作として構成されている。
(その一)は、日本が満州事変・支那事変を経て、無謀な太平洋戦争へと突入して行き、遂に敗戦に至った経過を多くの資料に基づいて的確に記述し、最後をレイテ戦で戦士された兄上裕氏への碑文で結んでいる。
(その二)は、太平洋戦争における我が陸海軍の戦闘の一つ一つを詳細な文献的調査によって記述し、これらの戦いに死闘し、特攻隊として敵艦船に突入し、あるいは戦野に玉砕した軍人や民間人の悲劇を描いて、戦争が人類にとっていかに無益な禍根を残すものであるかを訴えている。特にレイテ戦で奇跡的に生還した同郷の先輩から聞き得た、兄上の偶然な船上での邂逅、レイテ島での兄上の悲痛な戦死までの様子を推測して血涙を絞った兄弟愛の描写や、特攻隊員の遺書等には身が引き締まり、思わず感涙を覚えるものがある。
(その三)は、自らの満州への出兵と、引き揚げの苦難を書き留めたもので、今更ながら日本の戦争指導者達の無知と無謀に憤りを覚えると共にその犠牲となられた人達に哀悼の意を禁じ得ない。
著者は私とは短歌の道での友人であり、同年齢である上、二人共実兄が戦死しているという奇縁から、乞われるままに序文を書いた次第である。(江畑耕作)

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昭和二十年八月九日 天草上島 志柿の小高い岡の養蚕農家に私の班はいた 敵機来襲予報のサイレンが鳴りわたり 養蚕温度調節用の冷蔵庫に全員避難 警報解除のサイレンで急ぎ外へ出た 地の奥底でヅンと地鳴りの音がしたからだ (帯文/「序」より)
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中原澄子詩集
『長崎を最後にせんば
―原爆被災の記憶』
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2008年08月09日発売 栞解説文:鈴木比佐雄
A5サイズ、208頁、上製本
■定価2100円(税込)
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【目次】
◆お父さんのつば(唇)はまっ白になって/もう人間の形じゃなか/あん死体は忘れられん/天皇陛下が降参ていわっさんもんで(言わないから)/うらかみ ん いえに かえり たか/製鋼所は哲の墓場 人間消えとっ/兵隊の着物の袖みたいに皮が垂れ下って/髪のとれたとは被爆のあれじゃなか/みんなふやけたごとになって 水ぶくれ/長崎全体が幽鬼の世界じゃもんで/おかあさん はやくきてよ/みずう みずう て/おなかの破裂すっと プスていう/顔は倍以上にふくれあがって まっ黒になって/化粧瓶もみんな飴/走るかっこうで炭になって 立っとっとですよ/ピカッ 熱か 熱っ 熱っ 痛ってして/上から柿の実の落ちてくるごとに(ように) ◆承前 ◆結び
【序文を紹介】
私は十六歳だった 本渡高等女学校四年生 入学一年後 全校学業中止 英語教科書没収 空襲による人的損失を避けるため分散教育≠ニなった 寄宿生はそれぞれの村に引きあげ 食糧増産に励んだ
山の開墾 松の根掘り 杭木運搬 そのほかあらゆる農作業に明け暮れて
昭和二十年八月九日 天草上島 志柿の小高い岡の養蚕農家に私の班はいた 敵機来襲予報のサイレンが鳴りわたり 養蚕温度調整用の冷蔵庫に全員避難 警報解除のサイレンで急ぎ外へ出た 地の奥底でヅンと地鳴りの音がしたからだ
地震でもあったのかと四方を見回した
何事も起こってはいなかった
太陽はま上にあり 南から北へ 整然と翼を連ね また整然と南へ帰るB29の編隊も 小型機グラマンの低空飛来もない 静かな時間
いつになく平穏な空を見わたしていて
西の方角 遥かな地平にうす青い空を私は見た 凄惨なほどに透明なもうひとつの空
ひき込まれるように私は見つめた この世のものとは思えない うす青く透明な空
生れて初めての 美しい空
「消えなければよい」と念じながら見つめた 「消えないでほしい」と またたきの一瞬
空はいつもの空でしかなくなっていた |
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娘は母の箸で五味を育まれる。それゆえ際の時までに、母は娘の箸で絆を食味して旅立ちたいと願う。この日本の美しい伝承を、壷阪輝代は思い丈、しとやかに紡ぎだしている。(帯文/山本十四尾) |
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壷阪輝代詩集
『探り箸』 |
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2008年8月5日刊行
栞解説文:鈴木比佐雄
■A5サイズ、128頁、上製本
定価2100円(税込) |
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【目次】
◆第T章 探り箸
探り箸/迷い箸/指し箸/空箸/すかし箸/なみだ箸/落とし箸/箸なまり
◆第U章 ふるさとの背中
ふるさとの背中/母の皿/ほどかれる/鶴/うしろ姿/土笛/すべり台/ねがい石/鬼の行方は/一輪車/約束/影 踏みかさなる/その香りを ◆第V章 菰巻き 菰巻き/おすそわけ/みどりの訪問者/おかげさまで/居留守/森のレクイエム/左胸の神様/もうひとつの道/旅をしてきた水/水の庭/傷口/忘れがたみ/沙羅よ沙羅/流れ星の時間/細胞/縁があったら ◆あとがき
【詩を紹介】
『探り箸』
さぐらなくても 小さな器のなか 何から食べようと同じこと それでも選り好みするいじましさ
四人の子供の箸が いっせいに伸びた 家族の真ん中に盛られた揚げ物 あとのわずかを 口に入れていた父と母
あの日のわたしは どこへ行った まっすぐに 目的を掴んでいた眼の輝きは
人ひとり 生きる場所をさぐったとき 他人の器にまどわされ 果てが見えたとき そして 職を辞したとき
そのあいだも 離さずにいたこの箸 これからも 明日をさぐりつづけるための箸 ――探り箸  |
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国際性、グローバル性とは、従来のように西欧諸国と「同じ」になることではなく、 むしろ我々の「異質性」の方を、我々の個性として主張、明言することにあるという逆説に我々は慣れなければならないだろう。 (帯文/「多元文化受容とポスト・モダニズム」より) |
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水崎野里子詩論集
『多元文化の実践詩考』
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2008年8月6日刊行
栞文/鈴木比佐雄
■A5サイズ、382頁、上製本
定価2100円(税込)
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【目次】(サブタイトル略)
◆第T章 多元文化の実践詩考
多元文化受容とポスト・モダニズム/「現代詩」は難解か/堀田孝一『匂う土』とボルヘス/韓国の詩と日本の詩/「抵抗する叙情」/沖縄からのメッセージ/沖縄旅行の思い出―多元性と独自性そして独立への道/マイノリティの詩観と「女と国家」/私の現代アイルランド詩の翻訳について/二〇〇六年度イェイツ・サマー・スクールに参加して/火の国の女の情熱/あるネパールの詩とホイットマン/ネパールの旅から/日本におけるポストモダンへのワン・モア・ステップ/ロマン主義的ホイットマンと日本の前衛詩/二〇〇五年度世界詩人会議報告(於・ロサンジェルス)―マイノリティと愛と平和とそしてダンスと/リトル・トーキョーへの道/アメリカインディアン博物館訪問/現在の日本の詩とドリン・ポーパの詩/三・一の会公演・李盤作『その日、その日にこそ』/短詩の可能性と若く跳ねる詩語/『在日コリアン詩選集』受賞の意味/ソウル第二回「韓・日詩の祝祭」報告/「第三回日・韓詩の祝祭」報告/台湾での印象記/多元文化とマイノリティへのまなざし/日本人による英語の短詩/スペイン・ヴィゴでの「カストロ記念国際女性文学者会議」報告/スイス「文学者の家」での一ヶ月/二〇〇七年度ALTA・アメリカ翻訳者協会での短歌の歌唱/『続現代日本生活語詩集』について/イタリアからの平和のメッセージ ◆第U章 理想の自然と異郷のふるさと ヘルダーリンとハイデッガー/ドイツでの思い出/「伝統」と「革新」/ワーズワース『叙情民謡集』における叙情/「故郷喪失」と「ふるさとハンティング」/テロと愛と平和とナショナリズム/「イニスフリー湖島」の思い出/自然と生命と美と喜び/「宇宙と自然と生命の歌」/種まきと緑と収穫の詩/偉大なる国家の栄光と遊牧民の伝統と/モンゴルでの思い出/風と草木と鳥と空と/柿の実の赤/花のコルドバ/反逆としての「朦朧詩」/スイスと自然と薔薇と詩と ◆第V章 周辺(フリンジ)の詩人たち インドの詩人 アフターブ・セットの詩(1)〜(8)/アイルランドの詩人 ジェイムズ・フェントン(1)〜(3)/オーストラリアの詩 ヘンリー・ローソン/オーストラリアの詩 モリー・ケネリー/オーストラリアの詩 A・B・パターソン ◆第W章 多元的な日本文化 鳴海英吉と演歌的叙情/「歌」の復権/追悼―木島始とその仕事/木島始編・野村修訳『ブレヒト詩集』について/口語体会話とライト・ポエムの可能性/マイノリティとしての私の詩/岡本かの子の印象/樋口一葉の短歌と「狂」の思想/ジャック・ケアルックの俳句/木津川昭夫『詩と遊行』/日常性と想像力/太宰治『ヴィヨンの妻』について/井上靖「風に鳴りたい」について/信濃町教会と石原吉郎/老人問題と日本の現代詩/酒井力『白い記憶』を俯瞰して―「死」をいかに詩にとどめるか/エドワード・ムーア脚本・文化座上演『たつのおとしご亭』について/串田和美演出・サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』/情熱を失った現在の日本への挑戦
第X章 平和と原爆詩運動 芸術としての戦争詩/日本初の完全英語版アンソロジー『戦争と平和詩集』/核廃絶に向けて・内と外からの「ヒロシマ・ナガサキ」/池山吉彬『都市の記憶』/長津功三良『影たちの墓碑銘』/御庄博実 『原郷』/スイスにおける「原爆体験」/『原爆詩
一八一人集』について/東大論争四十周年・「開かれた大学」への道/御庄博実氏「核はと人間は共存できない」/テレシンカ女史からの手紙と詩 ◆あとがき ◆初出一覧 ◆略歴
【一部を紹介】 ◆「お勉強詩」も、あっていい。必死で勉強して書く詩もあっていい。だが、私の言いたいことは、現代詩がお勉強詩といつまでもそのままイコールでは困る、ということである。(第T章より)
◆日本は、永遠にモダニズムにとどまるのだろうか?世界的文化状況はもはや更に新しい方向へと流れ始めている。(第W章より)
◆現代の日本では、戦争詩は「芸術」と十中八九考えてもらえないのではないか?(第X章より)

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