詩 の 原 故 郷 を 求 め て
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自らの生を生きつづけて
株式会社コールサック社の役立つスペーサー
杉谷昭人
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  この自然体の強さはどこから来ているのだろう――遠藤一夫『ガンタラ橋』を読みながら絶えず胸のうちに湧いてくるのは、そんな思いであった。おどろおどろしいほどの野心にみちた詩集の溢れかえるなかにあって、自分の生をひたすら生きつづける著者の姿がどのページからも立ち上がってくるという、稀有な詩集にめぐり会えたよろこびを久々に味わうことができた。
  巻末の「年譜」によれば、著者は福島県郡山市で農業に従事しておられる。私の詩の主要なモチーフも農山村の日常だが、私には農業の体験はない。第二章「阿武隈川」には、その著者の日常とムラの生活が描かれている。

 童児をみかけなくなった春
 田村の里では根三ツ葉を掘り上げ
 黒石川で洗っている。泥付きの根を洗い
 束ねた〈みちのく三ツ葉〉が箱づめにされ
 五月、サラブレッドの消化を助ける
 裏話も時たまとどき、木々も芽吹き
 早苗田となる田村の里だ。
               (「田村のはる」終連)

  過疎・少子化の現実、農作業の様子、そして季節感の三つが、わずか七行に凝縮され、存在の自然性(じねん)が的確に描出されたフレーズである。著者の詩法の特徴がここによく表れている。単純な言葉の持つ、密度の高さである。
  農業は、必ずしも努力が報われるという仕事ではない。他人より早く種子をまいたからといって早く収穫できるものではないし、肥料を倍にしたからといって倍の実りが望めるわけでもない。地震や台風ひとつで、収穫ゼロということだってある。
  農業に大切なのは、当たりまえのことを当たりまえにやっていくという姿勢である。三ツ葉を掘り上げる時季、掘り上げ方、洗い方、箱づめの仕方など、みな当たりまえにやるというのは、それが他人とつながって生きる唯一の途だからなのだ。
  「寒い話」「連れ合い」「飛べない鳥」などの佳編は、著者が自分のために書いた詩でありながら、遠藤一夫という個やその家系をこえ、私たち読者の魂を揺りうごかしてくる。それは著者の自分に向き合う姿勢の誠実さ、剛直さが、いまの私たちに欠けているものだからであろう。
  同じく「年譜」によれば、著者は癌で闘病中という。第一章「プリムラの鉢」は、この闘病体験を主なモチーフとしている。

 一本のけやきの樹に
 何枚の葉がつくのかそれは知らない。
 知らない処で病んでいたのか樹木医の手で
 けやきの樹は手術を受け 落葉し
 やがて冬芽も動くだろう。
 くりかえされる営みの中で
 ぼくらは哭き笑い呆けやがて一枚の始末書を
 ある日音もなく書き上げてこの世を辞する。
 間合いを計りかねている自分がいる。
 かたわらで暖冬もまた 終(つい)えるだろう。
 菜の花の花軸(とう)を食べ春に入る。
(「始末書」終連)

  交通事故による突然死でもないかぎり、私たちは自らの死の理由を何となく感知しながら死んでいく。しかし著者にとっては、死はまさに残酷な近〈現在〉としてそこにある。人間にとってさらに残酷なのは、ここでもまだ自分の生死を医師という第三者に委ねなければならないという事実であるが、医師はけっして始末書は書いてくれない。「間合いを計りかねている」著者だが、ここにも当たりまえに生きようとする著者の真髄が「菜の花の花軸(とう)を食べ春に入る」という結句に表れている。
  この一行を読んだとき、思わず涙が出た。農業というきびしい時間と場所でつむがれてきた著者の言葉が、さらにもうひとりの遠藤一夫を誕生させたのだと感じた。著者の語法はとくべつ新しいわけではないが、死を身近に意識したときの、新しい場の発見がここにはある。「菜の花の花軸(とう)を食べ」ることの意味が、雪の積もる福島ではもっと重たいものであることに気付かされて、私は著者の詩にもう一歩近付けたように思えたのだ。著者の、持って生まれた詩人としての感性が、この一行に示されていると言ってもよい。
  この詩集のもうひとつの意味は、詩がイデオロギーの外に出ることの大切さを明確に語っているところであろう。「あとがき」中で著者はひかえ目に「いわば〈私詩〉の領域で、時代や年代の呼吸や息づかいについての疑念や、同調しがたい風向きについての自問自答が本詩集成立の基盤であった」と述べているが、じつは時代や状況を巨視的に問う場合こそ、詩は身近な矛盾や足下の課題から書きおこすべきであって、たとえば次のようなフレーズには、著者の心のゆとりというか、諷刺・ユーモアの面白さがよく見てとれよう。

 だるまさんが転んだ。
 消費経済システムが崩壊した。
 転ぶ事にたけたお役人も転んだ。
 大義も自然薯もエコファミリーも
 地球にやさしい愛郷心も又例外なく
 消滅した。
           (「だるまさんの唄」終連)

  このような著者の、生活者としての強靱な精神と、詩人としてのゆたかな感性を育んだ風土は、表題作「ガンタラ橋」はじめ「阿武隈川」「湖水伝説」などに描かれている。しかしその風土への思い、なつかしさは、けっして甘美なものだけではない。「ガンタラ橋は増水のたび流された」(「ガンタラ橋」終行)というように、記憶はつねに苦悩や悲嘆とともによみがえるものだ。  「ぼくの夜はまだ明けない」(「舟」終行)の一行は、遠藤の現在を表していて象徴的である。彼はいま病床にあって死と戦っているのではなく、より充実した現在を求めて自らの生と対峙しているのである。  

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