一
秋の初めに降る長雨を秋霖(しゅうりん)といい、秋に降る冷たい雨を秋雨(あきさめ)、という。また、季節が秋から冬に変わるころ急にぱらぱらと降っては止み、通り過ぎてゆく雨を時雨(しぐれ)という。しかし、どの辞書を調べても晩秋雨(ばんしゅうう)という言葉はない。晩秋雨は、石村柳三の造語である。
新鮮な響きをもつこの言葉を生み出したこと、それだけで石村柳三は一人の詩人として大きな仕事をしたと言っていい。そして私がもっと驚いたのは、木々の葉を落とし、秋の華やかな色を奪い、冬枯れの景色に変えてゆく晩秋の雨のイメージを清心で豊かなイメージに転換したことだ。
春の雨は、春雨(はるさめ)にしても若葉雨(わかばあめ)にしても緑雨(りょくう)にしても生き生きとして明るいイメージがある。人生で言えば青春である。一方、秋の雨は実りの秋ということよりもやがてくる老年を予感させる。ましてや晩秋の雨は、暗い孤独の影を宿している。私は、ながい間そう思ってきた。
ところが石村は、晩秋の雨と落ち葉のふれあいに「ひとときのやすらぎ」を感じ、「涅槃の音」を聴く。石村は、
雨音のひめるリズムに
無意識のうちにもちつづける涅槃の音を聴こう
と呼びかけ、
秋の雨はただただ無心に
裸になりたがっている木々を打ち草を打ち
落葉とのちりゆく遊戯の真実のやさしさを放つ
(「晩秋雨」より)
と語りかける。
葉を落とすことは滅びることではない。それは、冬に向かい、やがて来る春を新しく迎えようとする強い意志の現れである。晩秋は、秋から冬へのたんなる過渡期ではない。「真実のやさしさ」を身につける季節(とき)だ。「晩秋雨」は、そういう強いメッセージをひめている。
私は、石村のこの呼びかけ、この言葉から大きな励ましを受けた。
二
雨は、空から降ってくる水だ。この天与の水は、大地を潤し、生命をはぐくむかけがえのない贈り物である。と同時に洪水となって命を奪う恐ろしい力を持っている。そこから多くの神話や伝説が生まれた。
そのなかで雨のイメージをもっとも清新かつ美しく表現したのが、法華経の「香(かんば)しき風は、時に来りて萎(しぼ)める華を吹き去りて、更に新しきものを雨(ふ)らす」(化城喩品第七)という言葉ではないだろうか。
法華経を深く信仰していた宮沢賢治は、それを「宝石の雨」と呼び、こんなふうに表現した。
ザッ、ザ、ザ、ザザァザ、ザザァザ、ザザァ、
ふらばふれふれ、ひでりあめ、
トパァス、サファイヤ、ダイヤモンド。
(中略)
あられと思ったのはみんなダイアモンドやトパァズやサファ イヤだったのです。おお、その雨がどんなにきらびやかなまぶしいものだったでせう。
雨の向ふにはお日さまが、うすい緑色のくまを取って、まっ白に光ってゐましたが、そのこちらで宝石の雨はあらゆる小さな虹をあげました。金剛石がはげしくぶっつかり合っては 青い燐光を起こしました。
(童話「十力の金剛石」より)
万物の根源にある法(法華経)があまねくゆくわっている場所では、あらゆるものが宝石のように輝きをはなち、生命力にみちている。そういう信仰の歓びが「宝石の雨」に魔術的な光を与えている。
石村柳三が「化城喩品第七」の言葉を「仏の教え(普遍の教え)は時代と場所を超えて、常に新鮮な輝きをもっている」と意訳し、「雨は人のこころをもっている」といい、雨を「天の泪」、「天からの愛雨の手紙(レター)」というのも、たぶん宮沢賢治と同じ歓びを表現しているのだと私は思う。
こういう信仰や超自然的な考え方は、非科学的であり、生活から排除され、文学の世界でも周辺に追いやられてきた。しかし、今われわれは、宮沢賢治が身近な場所で見た魔術的な光や石村が言う「天の泪」に耳を傾けるべきではないか。
そんなことを考えながら私は、石村柳三詩集『晩秋雨』を繰り返し読んでいる。
三
最後に、この詩集を読んで感じたことをもう一つだけつけ加えておきたい。それは、音だ。雨の音、風の音、雪の音、そういう自然の音だけでなく人生が奏でるさまざまな音が響いている。そこに詩集『晩秋雨』の最大の魅力がある。
眼をひらけば
耳をすませば
人の周りはいつも音の交差の栖(すみか)だ
(日常の音列の中で)より)
その音の交差の中でこころなごむ楽しい音を聴き、人としての年輪の心の音を聴くためにも、雨の奏でるリズム(雨心)を聴き取る耳(心耳)をもちたいと思う。
詩論集『雨新者(うしんじゃ)の詩想』を読んだときもそうだが、詩集『晩秋雨』は人生や詩に対する新しい見地と刺激的な考え方を教えてくれた。そのことを感謝し、この詩集が一人でも多くの人に読まれることを祈る。
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