黒ダイヤを燃やす原故郷の人 鈴木比佐雄
―東日暮里に暮らした李秀賢さんへ
夕暮れの一番星がきらめくころ
私は紙と薪で火をおこし
石炭風呂を沸かすのだった
石炭屋の息子だった私は
石炭を黒ダイヤと教えられた
黒々とした化石のような石炭を眺めていると
太古の森の世界に入っていくのだった
いつのまにか真っ暗な空には
むすうの星がきらめき
その一つを見つめていると
眼の前の石炭と同様に
朱色に燃え始めている
星とは夜空に浮かぶ石炭で
それがあんなに美しく燃えていたのだ
ここに銀色のサイクリング自転車がある
持ち主の青年が腰を浮かして漕ぎ出し
韓国の海辺の町 釜山からソウルへ
一陣の風が起こった
彼は韓半島をサイクリング自転車で駆けめぐった
そして日本の富士山をもマウンテンバイクで登った
強靱な足腰は韓日の大地を誰よりも踏みしめていた
彼の祖父は日本の炭坑で働き、曾祖父は日本で死んだ
私の祖父や父は東日暮里の隣の町で石炭を商っていた
彼の祖父たちが掘り出した石炭を
私の父たちは黒ダイヤといって生きる糧にしていた
彼は曾祖父の死んだ国をみたいと思った
祖父たちが働いた炭坑を探したいと願ったろう
そんな日本の地の底に降りていき
韓日の底に流れる未知の鉱脈を探ろうとした
東海(日本海)をこえて
日本列島を東上し
富士山を駈けのぼり
炭坑で働き病み苦しんだ祖父の魂を悼んだ
強制労働させられたアジアの民衆を悼んだ
その時 東から昇る日輪の輝きが彼に何かを促した
それから東方の日の暮れる里(東日暮里)に辿り着いた
東京の下町 夕焼けの美しい町だ
あまたの民衆の眠る墓地のある寺町だ
彼は在日朝鮮人たちが日本人と仲良く暮らす町
新しい窪地(新大久保)という町も好きになった
彼は「韓日の架け橋になりたい」と誓った
「勝利に驕らず/敗者に寛容/確固たる自分を持ち/
後悔しない生き方を宣言できるような/
子どもに育って欲しい」
そんな父母の言葉を彼は想起していた
一台の銀色の自転車がダイヤモンドに変わる
その自転車にまたがった青年は東京の町を走った
鉄路に落ちた迷える酔っ払いを助けるために
日本人カメラマン関根史郎さんと一緒に命を燃焼させた
そしていまもアジアの夜空にきらめく銀河のように
私たちの頭上で黒ダイヤを燃やしている
李秀賢、関根史郎 あなたたちは
国境を越えた原故郷の人になって
私たちの魂の底を照らし続けるのだ
2005・1・26 4周忌の命日に
釜山・詩六篇 鈴木比佐雄
―李秀賢さんを愛する人たちへ―
釜山学生教育文化会館の蛇笛
ぼくの笛の音が止んだら
朗読してくださいね
恰幅のいい奏者は
大きな横笛を豪快に吹き始め
蛇笛ともいいます と笑顔で語った
青年の魂を呼ぶためには
太い蛇のような横笛が必要なのだ
笛の音はこの世にとどまりたいと願った
青年の生きた軌跡を追っていく
あらゆる人々の悲しみを背負い
山河を巡礼する修行僧は
いつしか大蛇となってしまった
ある時、村の娘が山道を歩いてきた
木陰から毒蛇が襲いかかろうとした
とっさに大蛇は毒蛇に向かっていった
大蛇は毒蛇と壮絶な戦いをした
噛みつかれた大蛇は毒がまわり死んでいった
逃げ帰った娘は許婚の青年に有り様を伝えた
大蛇の死骸を見つけた村の青年は
涙を流して手厚く葬った
ある日、蛇の墓を訪れてみると
そこに大きな横笛があった
青年はその蛇笛を吹いてみると
修行僧の悲しみが胸に響きわたった
青年はその笛を手に取り
修行僧のように山河をさすらっていった
蛇笛の音に導かれて
私は詩を読み始めた
息が切れると助け船のように
笛の音が鳴り響いた
恰幅のいい奏者の腹から
絞り出された音が
大講堂を包み込み
二〇〇五年二月四日
釜山学生教育文化会館で
一人の青年を愛する人たちへ
一篇の詩を朗読した |