詩 の 原 故 郷 を 求 め て
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東川で詩人を探す

二月の朝 クラウンホテルを抜け出し
釜山・東川の脇道を歩く
カモメたちが堤防の上を一列に並んでいる
くちばしが薄黄色 足が赤茶、白い胸
からだはグレーと黒のお洒落なデザイン
私が近づくと川の上にふわりと飛びたち
しばらく旋回して堤防の上に舞い戻ってくる

橋のたもとには夫婦が魚の干物を売っていた
橋上では魚や野菜、蕾の鉢植えが売られている
つつじ、沈丁花、木蓮
それらの花々が咲き乱れる
韓国の春の美しさを思い描いた
春の野遊びをする
韓国の人びとの笑顔を思い描いた

東川の脇には城西小学校がある
今日は日曜日だから 
子供たちのように
アジョシたちがサッカーに興じていた
花壇にはどんな草木があるか
ムグンファ(つつじ)、トンべク(椿)、チョンニョ(棕櫚)、
サチョル(まさき)ソンニュ(石榴)、
フェーヤンモク(チョウセンヒメツゲ)、タンプン(紅葉)、
テチュ(なつめ)、モンニョン(木蓮)、トゥン(藤)
二月の光に蕾をふくらませている
花壇の中央に世宗大王の銅像があった
台座に刻まれた忠孝というハングルが眩しかった
子供たちはハングルを創った王の前で
どんな言葉遊びをしているのだろうか

城西小学校を後にして
街角の小さな書店に入った
夫婦がキムチ鍋のような朝食を食べていた
愛読している黄大権『野草手紙』は見つからなかった
店を出るとき奥さんが声をかけてくれたが
私の語学力では聞き取れなかった
大きなスーパーに入ると書店売り場があった
すぐに韓国語の『野草手紙』を発見した
シンギョンリムの『詩人を探す』を
手に取ると十四版を重ねていた
この二冊を宝物のように抱えて
韓国人のような顔をしてレジに並んだ
私はあの青年の生まれた街で
詩人の魂を探していた

 

子城台の椿  

赤松・黒松が青の天上をつらぬき
樹上をカササギが舞っていた
上陸して半日
この城も釜山も攻め滅ぼされました
と語った女性ガイドの李さんは
悲しく笑った

二月の子城台の椿は
蕾のまま枯れ
敗れ去った兵士の
涙のように落花していった
耳や鼻を削がれた死者を悼むために
椿の花が
植えられたのだろうか

石のくぼみに注がれた水
何のために汲まれているのだろうか
雀のためか 死んだ兵士たちのためか
鵯が遠くでかまびすしかった

城跡には
日本軍と戦った明国の千萬里の名が刻まれ
二〇〇五年二月の風の音が
むすうの無名兵士や民衆の
泣き声や歌声のようにも
おしゃべりや笑い声のようにも聞こえる

二月の光と風に
子城台の赤松・黒松が揺れ
キリシタンであった小西行長は
一五九二年 犬猫まで皆殺しにしました
と李さんのゆったりした声が響きわたり
四〇〇年の風が
私の耳と鼻を身震いさせる
秀吉はなぜ京都に耳塚を作ったのだろうか

関ヶ原の戦いで敗れた小西行長の首が
椿の蕾のように落ちて
一六〇〇年 京六条河原に晒された

一九〇五年 この国は外交権を剥奪された
一〇〇年後の青空を見上げると
カササギの翼の白が
松に降りしきる霙のように
キラリと光った

 

釜山市立公園墓地の鵲  

アジュモニから一万ウォンで
二束の白菊の花を買って
ガイドの河さんと一緒に
青年の墓を探しまわる
場所を聞くために事務所へ行くと
そこで人を焼く熱を感じた
国は違っても斎場のいたたまれぬ
悲しみの光景は同じだ

白と黒が混ざった鴉のような鳥がいる
と日本から同行したIさんが驚いている
その鳥に近づいて行く
私は懐かしい人に巡り会ったように呟いた
 
  ああ あれは鵲ですよ
  在日朝鮮の詩人たちが
  憧れをもって書き記している
  幸せを呼ぶ鳥だと思いますよ

鵲のいた近くに
青年の墓は見つかった
幸せを呼ぶ鳥と一緒に
青年の魂は眠っているか
白菊の花を添えて
青年の冥福を祈った

公園墓地にあるという日本人慰霊碑
この国の侵略に加担した人々を
この国の人々は手厚く葬ってくれている
日本人慰霊碑にもきっと鵲は訪れているだろう
また今度来るときには必ず訪ねよう
そう誓いながら
釜山市立公園墓地を後にした

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