東京ファイブブリッジメンバーの紹介
1.田中正敏(たなかまさとし) クラリネット 1959年生まれ
10歳のときにクラリネットに出会い、1977年、国立音楽大学に入学。1981年、武岡賞を得て国立音楽大学を卒業。その後、フランス国立パリ高等音楽院へ入学。クラリネットをギイ・ドウプリュに、室内楽をモーリス・ブルグに学ぶ。
現在も、演奏活動に加えて、東京学芸大、尚美学園大学の講師として後進の指導にも取り組む他、日本クラリネット協会の理事も努めている。また、全国各地でクラリネット講習会、吹奏楽指導など積極的に活動、演奏技術における指導にとどまらず音楽を通じて“人”を育てるその情熱的な教育方針は、各方面から絶大な信頼を得ている。
2.右近 茂(うこんしげる)クラリネット&サクソフォン 1963年生まれ
幼い頃見たハリウッド映画でスイング・ジャズに魅せられ、ジャズ・ミュージシャンの道を志す。世良譲を始め、多くのミュージシャンとの共演でキャリアを踏み、1988年にはスイング系テナー奏者として人気のハリー・アレンとテナーバトルを演じ好評を博す。現在は自己のカルテットの他、多くのグループで活躍中で、伝統とモダンをハイレベルで融合させた若手テナーマンの第一人者である。
3.八木隆幸(やぎたかゆき) ピアノ 1965年生まれ
ジミー・スミスのオルガンを聴きジャズに興味を持ち18歳の時にジャズオルガニストの酒井潮に師事し正式にジャズを始める。同志社大卒業後、プロミュージシャンとして活動を始め、その後ニューヨークに渡り、海外のミュージシャンと多くのセッション経験する。帰国後、FM・NHK「セッション505」などに出演する。
第24回浅草ジャズコンテストソロ部門でグランプリ受賞。
4.酒井一郎(さかいいちろう) ベース 1955年東京上野生まれ。
高校時代からベースを演奏し、早稲田大学在学中よりライブハウスなどに出演する一方、故いずみたく氏のミュージカル伴奏でも演奏。卒業後、平岡精二グループ、福原彰カルテット、テリー水島など、日本ジャズ界大ベテランとの共演他、ポップス、シャンソン、カンツォーネなど幅広い演奏経験も積む。NHKテレビ「ときめき夢サウンド」にレギュラー出演もした。ウッドベースとエレクトリック・ベース両面で演奏活動をしているが、確実なテクニックと共に、スイングジャズからモダンジャズ、ポップスなど、様々な音楽を的確に表現し得る数少ないベーシストである。その人柄は一見物静かであるが、ベースソロはメロディックであり遊び心が溢れている。
5.福田良子(ふくだよしこ) ヴォーカル 1977年生まれ
幼い頃父親が毎日聴いていたジャズに興味を持ち、学生時代に本格的なヴォイストレーニングを開始しプロ歌手を志した。現在では人の心を魅了すると評判の低音でパンチのある歌声で、ライブハウス、福田良子ディナーショー、CMソングなどでも活躍中。歌以外にも、料理、ワインなどにも精通している。また公式トライアスロンにも参加し、日々、精神と肉体を鍛えている。CDアルバム「SUKIYAKI」もその完成度の高さに専門家にも絶賛されている。
◎釜山詩十篇(2005/9.6-8)
釜山ジェットストリーム 鈴木比佐雄
―てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた 安西冬衛
一つ目の巨大なバタフライの左羽に
一匹のトンボが紛れ込んでいった
パイロットは力強く語り始める
I WILL TRY ……
台風 号よ 今しばし静かにしておくれ
ピアニストが前座席の肩に手を置き頭を垂れる
サックス奏者は拳を握り口元に緊張を走らせる
ベース奏者が目を閉じてジェットストリームを聞く
ヴォーカリストは叫び声を押し殺してゆっくり息を吐く
クラリネット奏者は口ずさむ 釜山はあまりに遠く険し
南太平洋上から無数の水蒸気が立ち上り
偏東風に乗ったバタフライは九州で舞い続ける
どの地点で偏西風に乗りかえるか思案している
釜山をかすめている左羽は
ピアニストのように機体を叩き始める
機内の窓から風雨の釜山港が見えてきたか
ああ、釜山の誇る海雲台のホテル街や飲食街か
高層マンションや家々は
海中に揺れる藻草や魚のように
たよりなげに揺れて淋しげだ
九月六日 JR957便の機体は
金海国際空港滑走路へ侵入していった
機体はレベルダウンを繰り返し降りていった
衝撃音がして車輪が地上に届いた瞬間
後部座席の女子大生達から拍手が起こった
瞬間横風にあおられて片方の車輪が浮き上がり
機体はふたたび舞い上がり失望の声が渦巻いた
旋回し再度試みるが今度は滑走路に近づけなかった
I WILL RETURN……
数秒の釜山滞在で成田に引き返していった
三度目をやめて 引き返す勇気
五人のマネージャーである私は
パイロットの勇気をほめたたえ
トンボの中の五人と百数十人の命をいとおしんだ
TOMORROW WE WILL CHALLENGE……
ハルモニの願い 鈴木比佐雄
巨大な蝶々は独島(竹島)の上空を過ぎていったか
あの無人島にはタンポポ、ネコジャラシ、
ヨモギ、オオバコなどが生えているという
今も溶岩の固まった火山角礫岩にタンポポが咲いているか
翌朝のノースウエスト機は
晴天の上空を釜山へ飛んでいた
日本列島と日本海(東海)を眼下に見ながら飛んでいく
隣の座席には韓国のハルモニ(お婆さん)がいる
小さな島には霧が多く年に百六十日が曇り
年に百五十日も雨や雪が降るという
渡り鳥たちの避難島は
日韓の漁師たちの豊かな漁場だった
アンニョンハシムニッカ(こんにちは)
ネ アンニョンハセヨ(はい こんにちわ)
オヌルン ナルシガ チョッスムニダ(今日は天気がいいですね)
ネ チョンマル チョチョ(ええ 本当に いいですね)
眼下の無人島に五十年前から韓国の守備隊が暮らしている
台風14号の通過した頃 火山角礫岩が豪雨に削られ
きっと宿舎はゆれうごき海に流されるほどだったか
隠れる樹木の少ない島で鳥たちはどこに身を隠したのか
チョヌン スズキ イムニダ(私は鈴木です)
ソンハミ オトッケ デェシムニカ(お名前は何と言いますか)
チョヌン キム イエヨ(私は金です)
日本語が出来ますか
ええ、ちょっと出来ますよ
日本では楽しかったですか
万博などを見て息子たちと一緒で楽しかったですよ
韓国語と日本語は似ていますね
むかし私も日本語を勉強していましたよ
本当は韓国人と日本人は仲良くしたいんですよ
韓国語を学んでいるのですか
ええ韓国に詩人の友人たちがいて、彼らの詩を読みたいんです
釜山ではどこにお泊まりですか
コモドホテルですが よく知りません
ホテルから釜山港がよく見えますよ
近くには大きな市場がありますよ
楽しい旅をして下さい
ハルモニもいつまでもお元気で カムサハムニダ
独島(竹島)と日本海(東海)を越えて
ノースウェスト機は釜山金海国際空港に降りていった |