詩 の 原 故 郷 を 求 め て
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浜田知章《山人舎文庫》
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浜田知章と小野十三郎   佐川亜紀

  浜田知章は、その出発に小野十三郎の理論を詩作の支柱としたが、この度、全詩集を読むことができ、両者の個性の違いに気づき、考えさせられた。
  小野十三郎の詩論は、周知のように《瞳は、精神よりあざむかれることがすくない》というレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉に象徴されるごとく、徹底して「心」や「主観」を排除し、「物質」や「モノ」を客観的に見て、物自体に語らせる方法である。抒情を比喩するための物ではない。物質自体なのである。なぜ、物なのかといえば、物のほうが複雑だからである。主観は一つの意味しか持たないが、物は多様な意味を持つ。「複雑な段階でもっと苦しむ必要がある」とも言っている。(『歌と逆に歌へ』)また、小野十三郎の詩は「断片」であり続けたと思う(私が読んだ範囲で)。決して、「物語」になることはなかった。「物語」は一つの意味の円環であるが、「断片」は、そのちぎれによって、世界の部分であるとともに、意外な世界と接続でき、閉じない。
  私が、両者の違いを最も意識したのは、浜田知章の詩集『出現』の中の「磔刑図考」に引かれたからである。二人の画家マンテーニャ、グルュネヴァルトの「キリスト磔刑図」について「聖性に挑んだ惨虐性。」とし、聖性を否定したのであるが、では、どう見るかといえば「厚い胸を持った労働者が一個、両足の白い足裏に丸い傷痕をつけて転っているだけだ。」となる。ここにある意味で、戦後意識の典型を見ることができる。「天皇」という聖性をはぎとり、挑み、しかしまた、「労働者」という聖性をもたざるえなかった戦後知識人の観念である。詩集『梁楷』の詩作品「梁楷」にも「辻詩集」と「スターリン讃歌」が出てくる。この二著は、戦後左翼知識人の根源的負性だろう。浜田知章は、戦中のファシズムと戦後のスターリニズムを自己の課題として抱え込み続けることによって、星野徹の指摘する「浜田知章の形而上性」をしだいに明らかにしていった。星野徹は初期の「クルク・ダリア」から形而上性を見抜いている。〈友人への語り掛けから生じる一種の連帯性が絡むとき、途方もなく広大な時空の中に内灘村が位置づけられ、同時に内灘闘争が必然化される、その可能性が見えてくるのでは
なかろうか。そのような可能性は、可能性に与する者の心的態度のいかんによっては、宗教的信念へとしだいに接近してゆくに違いなく、つまりは形而上性への道を付けることとなろう。その典型が浜田知章に見られるのだ。〉(『浜田知章全詩集』栞)星野徹が鋭く喝破しているのは、浜田知章の内部の宗教的傾向である。
  マルクス・エンゲルスが「空想から科学へ」と社会革命の観念性の否定と唯物論を唱えたのだが、現実の二十世紀の革命は物質的基盤がほとんど伴わない観念先行の革命だった。だが、またこのドグマに縛られて宗教性が悪いとも私は思わない。宗教は人間のエネルギーを引き出し、内面を形成するからだ。それは、物質より、人間をみつめることにもなろう。事実、浜田知章の詩は後年になるにしたがって、人間のドラマ、物語が多くなる。ダブルイメージ、重層化するイメージは浜田知章の得意とする方法だが、初期は、物がたくさん出てきたが、後期は人間が多数登場する。人間に対する熱さは、ヒューマニティーの根源であろう。弱者や不遇の者への眼差しが絶えずあった。
  かたや、小野十三郎にとっては、ヒューマニティーが本質ではない。初期の『抒情詩集』の「犬」という詩は、「犬が口を開いて死んでいる//その歯の白くきれいなこと」の二行だが、小野の感性と詩の本質をよく語っている。ここには、犬の物語も、事件もない。ただ、犬の歯という物に焦点があてられ、それが美しいのである。死んだ犬がかわいそう、などのセンチメンタリズムもない。小野十三郎には、キリストが出てこない。ゲバラや毛沢東やファーブルは出てくるが。ゲバラの死んだ時の詩でも、ゲバラは知り合いの南米花嫁の娘さんの記憶と同列で相対化し絶対化していない。小野十三郎は、若い時そうであったように基本的にアナーキストの美学なのである。(亡くなった戦後の代表的評論家磯田光一は田村隆一の詩を「スターリニズムの美学」と大胆に評した。このように、戦後詩人をボーダーレスに意外な視点から考えると、戦後詩史もよりおもしろくなるのではないだろうか。)小野十三郎の詩論、観念よりも正直に見ること、物で語る、断片であること、相対化などは、今の若い詩人の詩の中にも見られる。あえて社会的な詩でなくても、感性がそうなっている。
むしろ、浜田知章のように反戦や反権力、史実と人間の物語のほうがしだいに貴重になってきたと言えよう。戦中、戦後の負を自己の課題とし、カメラ・アイやダブル・イメージで外部を鋭利に切り取り重ねながら、かつ、内面においても形而上性に至る深い展開を示し続けた浜田知章の偉業を今回の全詩集で改めて学びたいと思う。

 

 

詩におけるリアリズムのアクチャリティについて
  ―浜田知章全詩集を読む   尾内達也

 序
  
  「詩らしいものを書き始めた頃、私の方法の拠りどころとなったのは小野十三郎の『短歌的抒情の否定』である。小野の詩論を起点とし て詩におけるリアリズムの何であるかを考え実作を続けた」 (*1)
  浜田知章は自著「リアリズム詩論のための覚書」の中で、詩作における方法論上の出発点をこのように述べている。浜田知章は小野十三郎の「短歌的抒情の否定」という考え方から出発し、独自の展開を試みてきたと言えるだろう。われわれが浜田知章の作品を読む場合、その「短歌的抒情の否定」によって浮かび上がってくる「肯定」は何か、と問うてみなければならない。そのことによって、浜田知章のリアリズムの展開が明らかになるからである。
  さらに重要なことは、そのリアリズムの考え方にどのようなアクチャリティ(現在性/有効性)があるのか考えてみることである。これは浜田知章の詩業を正確に評価する上で避けて通れないからである。この場合、論点になるべきは、詩におけるリアリズムが一貫して対峙してきた「敵」に関する考察であろう。この「敵」と関連において、リアリズムのアクチャリティを考えなければならないからである。
 
  1 「短歌的抒情の否定」による「肯定」

 浜田知章のリアリズムは、鈴木比佐雄が指摘するように、単純な記録的リアリズムではない (*2) 。その本質的な土台になっている哲学は、「世界および自己との無反省な和解の拒絶」である。

永い旅のはて、
ようやく
二つの貝は陸地に這い上った。
それから
少しづつ 少しづつ
前進していつた。

熔岩台地から大水平線(ヴァスト・ホリゾン)が見えた。
が、
すでに、
二つの貝は
真赤になつて
灼きついていた。
   (浜田知章詩集 1955年より「大水平線」全篇)

  この寓話的な作品は、ハッピー・エンドを拒絶している。ハッピー・エンドとは世界との合一に終わることを意味する。浜田は決して世界と和解しない。その道のりが、「永い旅のはて」であっても、「少しづつ 少しづつ」の前進であっても、「二枚の貝は真っ赤になって灼きつ」くのである。なぜなら、それがわれわれの世界のあり方だからだ。

ステイシヨンの
古びた石畳の上に
浮標(ヴイ)みたいに
ぼくと、女は抱き合っていた。
どうしても、ここから脱けだすの、
ギャズバのような袋小路の掃溜には
木片
ガラスの空壜が
ぶよぶよ浮いているが、
ひそかな漂流を待つているだけの一生。
それとも
淡黄色のフイルターを使って
チンマリ二人で抱き合った虚像をつくり、
これが愛なんだと
唇をとがらして云うのだろう。

硬質の
冷たく光る
霜の、結晶作用は
小さな島のStockadeのなかからは生まれない。

絶対に。
   (浜田知章詩集 1955年から「袋小路から」全篇)

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