1953年川崎生まれ。60年代ムーブメント最後の世代。高校中退と詩のデビューが関連していること。1973年第1回ユリイカ新鋭詩人(他に福間健二、関富士子、池井昌樹など)。詩集「歩行に関する仮説的なノート」(72年、私家版)、「旱魃の想い出から」(77年、私家版)。
葛藤のあった父の死と、詩作の行き詰まり。下水工事の会社にアルバイトとして6年。1982年暮れ、精神を病む。1984年退院。1986年、それまで身を寄せていた名古屋から帰還。東京で校正の職を得る。詩作を再開する。詩集「私の洛中洛外図から」(92年、私家版)、「金の枝のあいだから」(94年、私家版)、「ゼノン、あなたは正しい」(95年、昧爽社)。1996年結婚。詩集「海に沿う街」(98年、midnight press社)、「六角橋ストリート・ブルース」(2001年、私家版)。
2001年の年末、肺ガンが見つかる。以後2003年1月まで、治療、手術と、転移(脳腫瘍、のちに脚の付け根に腫瘍)による入退院を繰り返す。退院後、詩集「新年の木」(03年、私家版)、「風について」(04年、私家版)、「夕空」(05年、私家版)。2006年の今、病気はほぼ緩解か。現在2冊の新詩集刊行を準備中。
詩集の他、飲食エッセイ「解酲子飲食(かいていしおんじき)」(03年、開扇堂)、芸術論集「ささくれた心の滋養に、絵・音・言葉をほんの一滴」(06年、笠間書院)などがある。
●倉田良成-灰皿町みっちり7番地
http://www.haizara.net/~shimirin/kurata/
【詩の紹介】
春のいそぎ
私が死んだら、もうすぐやって来る春のひかりのなかで、一粒の木の種を埋めてくれ
時は去り、移ろって、誰も私を知る者がいなくなったころ
四月の陽射しの歓びにおののいて、亭々と風に靡く一本の樫の木があるだろう
私が死んだら、灰は小さな喉仏に似た三浦半島のむこう、相模の海に捨ててくれ
墓も追悼もいらない、あらかじめ鎮められた無縁として
貝やうろくずとともにいる至福を、うらうらとしたさねさしの野に近く感じるだろうから
私が死んだら、きみは、私との想い出ではないイタリアを想い出してくれ
パスタの袋に印刷された通俗的なイラストの、笑う農婦のうしろに拡がる
肥沃な麦畑をわたる風のなかに、絶対の無名となった私が必ずまぎれているはずだから
私が死んだら、私の書いたくさぐさのあだごとは後に残してくれるな
私の詩は、ほんとうのことを言えば焚書されるのにふさわしい
いまは誰も気づいていないが、青年期の氷温は、まだ解けだしてはいない
私が死んだら、夕ぐれのみなとみらいと鶴見の工場群を見てくれるな
角膜は死後も誰かの眼にわたらい、前身の忘れない光景を映すというけれど*
私が聴いた霧笛や激しいハンマー音は、もう永遠の紅色の靄のうちに溶け去る
また、いつもの十二時と四時のチャイムが競輪場から聞こえてくる
ここにあるもの(コーヒーカップ)、あったもの(旅行の写真)、いつも行った場所(etc.)
それらの全部を、きみにだけ特別に言っておくが、
(きみは、忘れなさい)
*手塚治虫の作品より。
(「COALSACK」39号から)
勤行
スエヨシさんの就寝は早く、朝は起床のチャイムのまえに
はや、鏡にむかって髭を剃っている
デイルームでみんなと一緒に食事をとることはなく、毎日おこなわれる
内臓への刺青(タトー)みたいな点滴のあとは
小さなラジオからイヤホンを延ばして、午後の競艇の実況に聴き入る
稼いだ有り金をぶち込む、チョンガーの若いやつが来ないようになってから
あっちこっちのレース場が寂れてきたんだ、と言って
兜みたいな顔面の口だけが白い歯を見せる、けれど
黒目がちな眼は修道僧よりも巨きな沈黙を湛えている
彼の神は、もう久しく眺めていない、青い水面を軽快に奔るゼッケンか
それとも、ある日、一切合切をそこに詰め込んで、病棟の扉から出る
ひとかたまりの影のように大きいカバンなのか
スエヨシさんの表情からは何も読み取ることができない
ただ勤行みたいに点滴をつづけ
夏や秋、鳥や雲、入院者や退院者、それから
家族とともにしめやかに立ち去る者
を見送りつづけ
ある晩、兜を外した静かな人の顔になって、私に言うのだ
「俺の治療は終わったんだ
そうだ、百日間の点滴だった。明日
俺は退院なんだ」
彼はたぶん、私にこう言ったのだ
「絶壁に立たされたとき、人は恐怖することすらできない
おおかたの人々は、わめき叫ぶ暇もなく、深淵に呑み込まれて消える
安全で温かな家に帰って、そして必要な時が与えられてのち初めて
人は、深く激しく悲泣することができる」と
(「COALSACK」48号より)
大師
鉄の車輛の先頭に坐るとドアが閉まる。きりきりと鳥のような声をあげながら。錆色の道はどこまでもうねうねと、曲がったり昇降したり。どんなに巨大なステーションでもここから眺めたどるかぎり、青空の
なか、青空を背に、孤独なプラットフォームの痩せた影でしかない。旅人のまえに錆色はどこまでもつづく。ゆっくりと上昇して中空に静止し、あるいは沖に拓かれた滑走路に下降する白い機影を沿わせながら、また轟音をあげて瞑目する陸橋をくぐり群青の河を越え堤防をひだりに見て何もない南へと下る。気がつけば青空のしたでそこだけが栄えている聖地、世界の果てにある世界の中心、DAISHIという名のこんじきの王宮である。その場所で旅人は旅人たちとなる。漂着神から原始した水べりの時間は旅人たちにとって、まさにそこから永遠が始まったことを意味している。言い換えれば、流れる有限の時間のある一点に傷を入れることによって始まる無時間という永遠。その分泌。阿形と吽形によってあらかじめ証しつくされかつきらびやかに鎖されている門。おおきな嘆きみたいに深く優しく旅人たちにひらかれてある金堂の絢爛。オベリスクの先端、東西南北に咒のscriptをかかげて御柱はなまなましく天空を呼吸している。透明な羂索によってはるかな御影につながれ、海、三界のまぎれもない顕現でありつつ。王宮に至る周囲では、烏賊や貝をあぶる海浜の匂いが濃密に立ちのぼり、あらゆるカーストのだみ声が旅人たちを招いている。竹細工、ロレックス、さいころ、プラチナの白蛇殿の秘密が、讃歎のように叩かれる切り飴のおびただしい音色とともに、この世界のいちばん端にある夕ぐれをきらめかせるのだ。くず餅屋が戸をたてはじめると、ほんのすこしのあいだの夜にむけて、打ち水をした酒場に灯がともる。 チャイナタウンの理髪店の鏡に見える海からのように塩からい風に吹かれて、旅人はふたたび独りであることにめざめる。支線からもと来た町へさかのぼると、ファスナーみたいに闇が閉じ、王宮は人々の夜の夢のなかに沈む細い金線の輪郭のふるえ。海くれて鴨のこゑほのかに白し。*
* 芭蕉句、貞享元年冬。
(「COALSACK」49号より)


