【略歴】
1974年 岡山県生れ
2008年 『生活語詩 二七六人集 山河編』に参加
詩集『五月闇』(コールサック社)
岡山県倉敷市に暮す。
【詩の紹介】
野ざらし
掴みあげた心臓がはやもう
蒸気を吐き出し
熱度を放つ機関車となり
夜に聴こえる 闇へと消える
野晒しフレーム
僕を置いてきぼりにして
妻の三角座りは さらなる豪華
玄関など無視して 郊外へ転がるはらはらと
彼女の O脚の向こうへ棲まう
小人の類が過去からこちらを窺(うかが)うよう思えて日々いたたまれぬ
まして娘の 未だ赤ちゃんのもぢゃもぢゃ頭に
カエルほどの大きさの四ツ足の鳥が棲み付きやしないかと気がかりでならなかったり
そんなことなど考えていて出遅れた
バイパスに 橋梁の影ほどもある鼬(いたち)ドモが数匹
往ったり来たりするのが分かる
苔(こけ)生(む)した丸い月を 父だと思って慕うておるのだ
たいへんなことに気付かない僕は
遠眼鏡でジャズなど聴いている
解凍列車 ペンギントーク
とめどもない口髭のぢがぢが
AMからは 公用パフューム
PMまでは 融通し合う菌糸諸氏に愛されて
白昼見る夢は いつも 誰かに堰(せ)かされている
逆光を受けて黒い 肩幅はさほど無い
男の影が僕の背を不用意に押す
僕は分の厚いタオル地にくるまれた赤子のままで
夢の闇を一息に 拾六段から零段まで 駆けあがらねばならない
遠く 切絵の黒杉てっぺん とんびの子ひとつ 墜ち
遠く 切絵の黒杉てっぺん とんびの子ひとつ 墜ち
そうして僕は また
こころの襞(ひだ)の剥がれ落ちる しづかな音を 聴く
野晒しフレーム
最果ての君
つい先 君の産声が聴こえた
その最果ての国まで往きたい
未だ拓ききらない瞳
仄黒い海原の輝きが したたか塗り潰された道程の その足元 を照らすから
わたしは違わず そのままの歩幅で往くことができるだろう
君は 過去未来もない
ありったけの分で確信する あるがままに触れようと望むから
わたしも何も迷う必要がないのだろう
もうこのところ ずいぶんと
音のしなくなった世界で
君の 眠らぬ獣のような性急な鼓動や 息づかいや 破天荒に 求める泣き声が よく届く
乳房の圧倒的予言を その身に未だ宿さんとするまえより は やもう君は乳臭く
最果てに吹く風の 住人の おおらかなことと非情なこととを 悟(お)しえる
そうしてわたしを必ず そこへと導くだろう
だがしかし 今しも薄日に消えそうな影のような男の姿を
どうして君は 想起できるだろうか?
ただ君が知る
誰かの名前を呟いてくれ
なればわたしは 君をひしと抱きしめる
もうはや君がそこに居なくとも 最果ての空(くう)をやみくもに握り 締めることができる
つい先 君の産声が聴こえた その最果ての国まで往きたい
ドングリと意思
その日を迎えると すべてが終わる
その日がすべての あたらしい日になる
ぼくはそのどちらをも 望んでいないのかもしれない
しかしぼくは その日のことを選んだ
まぶたのすぐ向こう 暗い赤が
意思ある豚の肉のように うす青く染まってく
ぼくには未来を知る力がない
しかし君は いつだって
迷いの最中も誇り高く腕を組み 往く場所を知っていた
だけどもぼくは君の答えを待たない
意思ある豚は毎晩眠りに落ちるころ ほんの一時ばかし
ドングリの木蔭の思い出をたくさん知った 愛らしい青い眼を
ぐん と 見開いた
そうして二年(ふたとし)の後 新緑の季節
気高く 意思ある者は
裁かれることになった前夜にして
思いのほかひとつも目を覚まさず
むしろ死ぬるほど眠った
君は 終わりを告げるだろう
しかし「僕は」 「君の」答えを待たず答える
ぼくは 君が好きだ
遠 雷
しろい しかし まばゆいというほどにもない
豆腐のような白茶けた 生ぬるいものに浸かって
耳半分浸かって 浮かんでいるのか
半身は外部の音を聴いていた
のどろ のどろ 低く頭の底に垂れ込めて響くのは 遠くで鳴 る雷(らい)だろか
わたしはそれをひどく懐かしく思いながらいると同時に 鼻先 は古い季節に感づいた
と 次には さあっと来た
額から太腿までがひんやりとして
こめかみを伝う痛みに 自分が 泣いておることに気づいたが
その涙らしきものは
あたたかい掴みようもない白茶けたものと同化して
わたしの身体を 夕まづめの空へと さらに押し上げていく
皮膚に染む 青
わたしはとうとう その群青に しまい込まれてしまった
喪 中
怒るひとの顔を見ても 物寂しそうなひとにすれ違っても
さほどに感じない
愛し合うふたりを眺めるが
ただにそれは情景で
無機質な 白い火の玉のような僕の顔が 押し詰まった歩道橋を斜めの直線に昇っては
また斜めへと降りていく
夭折の と謳われる いわゆる早死の先人たちが
今の僕ほどの齢で逝ってしまった人の多いことをふと思い出す だとするなら
自ら命を裁つに値する人生でもないことを充分知りながら 彼等は
闇に消える拍子木のように 「たんたん」 と深い溝の奥にでも落っこちてしまったのだろう
でなければ過去 僕の想像してみるだけの此の国には
命を賭(と)するに足る何かがあったとでも言うのだろうか?
半世紀前の 君は 何を欲しがったのだろう
半世紀後の 君たちは 一様に浮かれた 青い顔を並べ 何を欲しいつもりでいるのだろう
そんなおびただしい 君たちの形骸の
君の腹の上をもそもそ芋虫のように 蠢き 汗かき 貧じ気な
歯をギリギリさせて
欲しい振りばかりすることに長けた自分は 今や何を欲しがろうとしているのだろう
どんな大仰しいものを 欲しがることを期待していると云うのだろう
生きているでもなし 死んでいるでもなし 安物買いの快楽程度で善しとして
従順に飼い慣らした「疲労と回復」を くりかえし くりかえし
それでもまあ二匹の老猫にだけは慕われるのだ
部屋は最早 猫の口の中の臭いしかしないのだ
思い出そうとして思い出せないことが
思いのほかたくさんとある
たとえばほんとうの夜更けの海の色彩のこと潮騒のこと
たとえば冬の鼻先を行く 生真面目そうな冷たさのこと
たとえば か細い 静脈に見まがうような枝葉の生い茂った森では
ひざまずくほどあっけにとられたり
僕はその頃 何におびえていたろうか
身を震わせながら いつもすぐ傍に居た 窮屈で
広大な孤独をあんなに愛していたというのに それを第一義と思うていたものを
今やこれっぽちも思い出せないでいる
五月闇
五月闇(さつきやみ)はあまりに暗くて
まばらにともる貧しげな街灯ばかりが頼りだ
ここいらでひと休みしようと 立ち止まるのだが
今しがたすぐ側を沿うて歩いた城壁までが見当たらない
五月闇はあまりに暗いのだ
頭のすぐ後ろに膨大な闇が連なって
ふとすると気が遠くなる
ふいに 匂い立つ悪意は
愚かで聞き分けのない 孟夏の精霊ドモのようようやって来た かと
寸時浮き足立ったが
すぐにそれは 不遜なアナタの残り香だと知って
慄いてしまう
音のない赤色灯が 時折とおくの水たまりを掠めていく
こんな夜更けに 走り込みを行うジャージの若者の一団が 横 顔を行き過ぎる
足元には白い髪の毛 白い睫毛(まつげ)の子供が二、三 へばり付き
堀に面して釣りをする者
乳母車を押す子守唄の
年増女の生活やつれした顔はそのまま乗せられた赤子の寝顔の ようで
舌打ちしてシャカリキに誰かを呼ぶ声は
他でもない私自身の呼び声だろう
しかしそれらはすべて闇の中の気配にしか過ぎない
通りすがりのつもりであったワタシは
シンピカ有頂天の自転車みたく無知であったワタシは
いつしか季節の狭間そのもののような
不鮮明なところへ迷い込んでしまったのだ
立ちすくむ五月雨(さみだれ)はつめたくもあたたかくもなく
鼻すじを伝って正確に 同じ靴先へと落ちていく
暗がりの中でそればかりが よく見えた
無数の蛇が絡み合って 息苦しく
青白い炎に 灼(や)かれている
ワタシにはもう どうすることもできない
五月闇はあまりに暗くて 途方に暮れる
残酷な眼
ここから うんと離れた荒野を
風がおうおうと往く
黒い森の蓬髪が耐え切れず
思わず顔を背けてしまう捩れてしまう
月が赤く膿み 青く爛れて
鳴りもしない半鐘を鳴らすのだ
闇の闇の成分までがしゅうしゅうと
吹き流される
ボロ家のボロ猫達は屋根のほんの隙間に嵌(は)まって
お互いを忌み嫌い合いながら ちいさな鼻を光らせて
次の真昼が来るのを待っている
いちだんとおおきなけものは
自分よりさらにおおきな岩陰や小山の狭間にうずまって
二つのまなこを微動だにせず
いつもと同じに夜明けを待っている
物分りのよい夫婦は次の朝も早いからナんにも気付かず
とっくに眠ってしまった
風はそれでもおうおうと往く
吹きすさぶ方向に 歴史というよりはもっと瑣末(さまつ)な
そこかしこを行く人の営みのようなものの連続が
ばら蒔かれた籾殻みたく転がっていく
起床と就寝の
摂取と排泄の
布切れと金バッヂの
自然死と安楽死と
集団死と孤独死の
入社と退社の
ストレスと嘘偽りのないウソと
コレステロールと禁断症状の
往ったり来たりの応酬が ただのコマ送りのよう
闇の闇の方面へ
風の風の行く末へ
ススキっ原の 奥の奥へと
とめどなく流されていく
前進する甲冑の勇壮たる足取りや
ただ一発にして途絶えた小拳銃の銃声
夏往き果てぬ衣ずれのすすり泣き
古めかしい先人たちの情景でさえ一つの環(わ)に過ぎず
尽きることのないくり返しの情景からまた
ふと転がり出して来たのは ふしつまろびつする 二つの男女 の影である
あの森は危なっかしいな
暗ク細イ道ヲ分ケ入ッテ・・・
およそ中央辺りで出遭うのは 呼吸スル胎盤ノ沼
これを僕等は 至極(しごく)当たり前に「幸福」と呼ぶのだろう
だが その温もりを蹴破って
おとことおんなは 先へ進もうとする
嬉々としてその返り血を浴びる
「Congratulations!!!」
僕はその様子の一部始終を
あまりにしずかな部屋の机の前に居て
何が正しいか正しくないか 判別もつかぬ
ただに残酷な
きわめて残酷な眼を以(も)て その一部始終を眺めている
あたたかな狼煙
〈 狼 煙 〉 が 見えている
僕には その在り処へ いつまで経っても近づけない
もう 今まで すぐそこに居たようなのに
それはやっぱり 僕の居所でないらしい
〈 狼 煙 〉 は 立ち昇る
さして図太いわけでなく 消え入る様子はまだ無く
天 と 地 とを 繋いでいる
火を起こすための石鎚(いしづち)を 誰が最初に振ったのか
それは 僕のようでも ある 気がするのに
僕には どうしても そこへ近付けない
きっと そいつの周囲には
色白く 姿勢の正しい
しとやかな女たちが 万事を切り盛りしていて
すべてに明るく
賑やかで
集う稚児らはみな 天真爛漫
母 と 父 とを 慕う気持ちを忘れない
みなみな が みなみなの役割を よく心得て
日々の行事を たいせつに
つつましく微笑んで居るに違いなかろう
僕は聞いている
耳をそばだてて
その方角に 目を凝らす
そこへ聞こえるやもと思いつ
いや聞こえないふうの 鼻歌なぞ口ずさみ
ひどい嵐の音のする 枕を抱いて
また眠ったふりをする
雨なく 風すら吹かない
意識の塒(ネグラ)で
そこはかとなく あたたかなものが
ほうほうと近付いて来るような気がすると
僕は途端
ドギマギしたようになって
矢庭に 駆け出してしまうのが
いつもの癖だが
しかし その距離は
いつまでも一定で
縮まりもしなければ
遠退くこともけして 無い
〈 狼 煙 〉 は 蕭蕭(しようしよう)と高く
二度と 『 家 主 』の 戻らぬことを知りつ 知り
それでも 高く
高く
伸びて
待って居る
僕は そこへ
もはやたどり着くことは出来ないのだろう
ふと 振り仰いでは
数時立ち止まり
いつまでも 見とれて居るのに
いつまでも
いつまでも
憧れて居るのに


