「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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横田 英子 (よこた ひでこ)

【経歴】
1939年大阪府岸和田市生まれ。堺市在住。
同人誌「リヴィエール」「ガイア」「コールサック」などに参加。
日本詩人クラブ理事、関西詩人協会事務局、などを務める。
日本現代詩人会、日本ペンクラブ会員。
詩集『風の器』『私の中を流れる川について』など。



【詩を紹介】

ヒマラヤ杉が奏でる

遥かの時を抱きしめて
ヒマラヤ杉は立つ
大鷲の羽のごとくに
枝の揺れは
このとき
太古の時代の
霧を吹く


一隅から
飛翔する鳥の群れに
交じって
人もまた風となって
飛び交うか


風は
ヒマラヤ杉の幹を煽る
その秘めた原風景の
実生の種は
幾つものうねりを超え
この時に根ざすまでの過程
とうとうと樹液の流れる
幹の内側で
仕組まれる生命の核よ


風は
樹の声に和する
樹の香に染まる
樹に同化する
樹は風を抱きしめるか


樹は枝を広げ
風を受けるだろう
風も樹も
光の帯に巻かれて
現実の真っ只中


神秘の幕の外で
私は 風でもなく
真夏日の強烈な直射を受けて
ただ眩しく
大鷲の羽のようなヒマラヤ杉の
大枝が揺れる
辺りで
ひびく
真夏の交響楽を
聞く

遠い海鳴りよ


肩や背に
花びら降って
季節の終わりを知る


フィナーレの音楽を
奏でますか
いつも唐突にやってくる
その合図を
うかつに見過ごしてしまう
季節は無情に
幾つもの振りをして
ふいと幕を下ろしてしまう


花散れば
終わりの合図なのだということ
さんさんと降る
花びらの中で
嘘だと知る


花吹雪は
一瞬のうちにやんで


ひとひらも
私の肩や胸に
落ちてはこない


風のいたずらの
仮の花の舞よ
本当の季節の終わりは
はや次の知らせが


萌黄色にさやかに
待っていて


季節は 本当は
決して人を哀しませない
人が桜を操っているということ
誰にも言わないでおこう


そのフィナーレのせとぎわで
遠い海鳴りの音が
聞こえてくる
かぎり

コップがあり

水面に             
氷片が浮く
真上の照明からの
光の反射
氷は少しずつ 形を崩していく


幾つものかけらが
残り二つ三つになり
消えていく
それらに親近感が湧いてくる


見覚えがある
見てはいないが
こうして形を変えていく
自身の内なるたましいのようで


氷が流れ落ちていく
水の中
溶けて水と一体になって
それで納得しているのか


水に溶け込んで
和することの妙味
氷の終着点
ガラスのコップのなかの宿命


照明からの光は
コップの底で金色に輝いている
私の内で さわと鳴る
いつか抜け出ていくという
たましいなのか

氷片は
すっかり水になって
バックミュウジックも
静から動に高まる
午後の茶店だ

母の糸

細い絹糸を束ねては
花園を彩っていく そのせかい
蝶を追う少女の瞳
一筋の道なりに
糸杉の木立が映える
あの渦巻く糸のうねりは
ゴッホを夢見た
母のいっときの時代


糸を縒りながら 布地に
たんねんに刺繍糸をくねらせる
一針一針の想いは
明日が見えない中 果てしなく
くぐり抜けてきた母の世代


千人針の赤い結び玉は
今は色とりどりの花群れ
手向けの花だ
千人針を手渡した人は 帰らなかった


一途に前向きに 糸を操った


苦しいことも哀しいことも
背を曲げても 糸に委ねて  
母の歳月は重ねられた


願いをこめて
糸で形つくってきた母の楽園で
何十匹の蝶が
今 七色に輝き
空じゅうに放たれる
母の糸よ

雀の話

パリの路地裏に棲んでいた
雀の話を
読んだことがある


以来 雀は
私の内にも
ひっそり棲んでいる


華やいだ街の灯りから隠れるように
屋根裏のその裏にいた
同じように明け暮れる
貧しい娘、マリーから
パン屑を貰っていた
見えない眼で花束を売るマリーの涙で
羽根を濡らした
花束が売れないと雀も飢えた


私はそんな話に胸が震えた
結末がどうなったか記憶にないが
パリの裏町の雀は
私の胸の中でうずくまる


雀は 朝の光の中で
餌をついばんでいる
いつ私の内から飛び出したか
日本の青い空の下
葉桜の木洩れ日の揺れるなか
至って健全な雀よ


あの話を読んでからの
歳月が音立てて流れるような
パリの雀は
今ごろ
エッフェル塔を眺めているか
相変わらず路地裏を好んでか
ゼラニウムの花のあたり
ちらと尻尾が見えて

真夏の雉

赤や緑の羽根がパスで塗り込められ
雉が勢いよく画面を飛ぶ
黒い眼がきりりと
子どもたちを見つめる


じっとしててね
うぁーっ行っちゃ駄目
こっち向いてぇ
きれいな羽根ほしいな
これ オスだって
うそっー
鳥ってオスの方がきれいんやって
うそっー


オスの雉は知らん顔して
羽根を広げたり閉じたり
写生している眼前を行ったり来たり
突然一羽が小屋の端から端
低空飛行
羽根の色が鮮やかに光に映える
子どもたち 思わず拍手


センセイ ぼく 描き直す
低空飛行 凄いよ


もう何年も前の私の一ページ
雉たちがみごとに勢揃いして
展覧会を賑わした
そのとき撮った写真をみると
七、 八羽の雉を背景に
子どもたちが笑っている


あの雉たちはもう前にあちこちに
貰われていった
鳴き声がうるさいから 匂うから
クレームがついたとか
風のたよりに聞いている


小屋を逃げ出した雉を追って
運動場を駈けた子どもたち
校長先生がひらひらさせていた
あおいかすみ網だったか
その集団の先頭を
何羽も何羽ものオスの雉が
低空飛行していく


真夏日の
白昼夢か
まどろむ午後の また一ページ




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「COALSACK」(石炭袋)96号 2018年12月30日

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