「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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結城 文 (ゆうき あや)


<経歴>

1934年、東京生まれ、埼玉県狭山市在住。

詩と短歌による組詩集『できるすべて』、『原爆詩一八一人集・英語版』共訳

詩集『紙霊』、『花鎮め歌』

他に歌集7冊、評論集1冊、訳書8冊など。

日本ペンクラブ、日本比較文学会、埼玉詩人会、日本詩人クラブ、会員。

日本歌人クラブ「タンカ・ジャーナル」編集長。

「新現代詩」「竜骨」「坂道」所属。「コールサック」に寄稿。



<詩作品>



花鎮め歌


桜散る空間には死がみちている
しいんと鼓膜がきしむような
光の空間に
散るともなく漂ってくる
花の片
冬を越した柘植の木の暗い緑の間を
まだ芽吹かないさるすべりの裸の幹の間を
風に押されて
あてどなく
あるかなきかの重力に
しずかに しずかに
沈んでゆく白い斑の
桜花びら


見上げれば
うす青い紗のような空の下
銀にきらめきながら流れ去る
天の花の川―
散るということ
一年のうち たった数日に咲きつくした
花の躯の
花びらは
手に受けると
かそかに冷たく 
かそかに温もって
地にちりばめた星となる


ひとところ 
うごかず生きる植物が
苦悩の表情も喜びの表情もなく
くりかえす生と死と再生―
去年の桜を 
生きてはいたがもう見られなかった母
いさぎよく死ぬことを旨として生き 
空に散った父
あといくたび 
私は花に逢うことができるのだろうか
気にも留めていなかった花の季が
歳月を重ねるたびに重くなる
死のみちている花の空間にたたずんで
私はうたう魂鎮めの歌
私はうたう花鎮めの歌




原爆のことをはじめて聞いた日
     

わたしは それを
父の遺骨が帰った日 
母から聞いた
母と叔母とは四国の善通寺までゆく
父の赴任するはずだった善通寺には 
師団があって 
骨はそこへもどってくる
幼いものは 祖父母と
父の帰りを 
ひたすら待った


二人とも 
疲れきって帰ってきた
 「まともに 乗り降りできやしない
  人間が 汽車の屋根にまで乗っている
  窓からいきなり 荷物を投げ込み入ってくる
  屈強な者ほど 悪い
  英霊だなんて 誰も考えてくれない」
 「新兵器の爆弾が落ちたそうだ
  一瞬に 体の皮が 
  ぺろんと 剝けてしまうんだって」


疎開先の 離れの床の間に
白布で包まれた 四角い木箱が置かれる
この中にあるのが 
ほんとうに
父の骨かどうかは 分からない
けれど 同じ飛行機で 最後の瞬間を共にした
十人の人たちの骨のどれか―
何万 何十万の 
骨さえ帰らない戦死者にくらべれば
遺骨と思われるものが帰ってきただけでも
ありがたいこと


あの時 母に同行した叔母は もう亡き人
母は この世にまだいるけれど
脳裏にとどめたものは 滅んでしまった
あの時 母たちが聞いた 
新兵器の爆弾は
たぶん 広島の原爆
人間の皮膚がぺろんと剝ける 
新兵器の爆弾は 
長崎にも落ちて
戦争が終わった


遺骨を引き取りにいったのは
終戦の日の前なのか 後なのか 
もう 確かめられないが
わたしが原爆のことを はじめて聞いたのは
父の遺骨が帰った 
その日のことであった




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