「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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浜本 はつえ (はまもと はつえ)

<経歴>

1948年、福井県福井市生まれ、越前町在住。

詩集『斜面に咲く花』。

水脈、詩人会議、福井県詩人懇話会、会員。



<詩作品>


斜面に咲く花

ここで暮らしていた昔の女たちは
急斜面の畑を耕しながら
漁獲で満載になった船が
入り江に入ってくるのをいつも待っていた


山の斜面から
時々顔を上げ
腰をいっぱいに伸ばし
空と海の境目の水平線を見渡し
遥か沖の向こうから
エンジン音を弾ませながら
船体が徐々に現れてくるのを
いち早く確認すると
段々畑の坂道を転げ落ちるように駆け下り
漁船からの水揚げを手伝っていた
           

冷蔵設備も完備されていなかった
道路状況も悪く
運送手段も確立されていなかった時代
豊漁続きだった
獲れ過ぎて捨てられた魚の腐敗臭が
暑くなった昼などは地域中に溢れ
吐き気がするほどだった


伝説が過ぎ去った現在
活気で溢れかえっていた漁港は
ほんの数隻の漁船と廃船


海水を原子炉の冷却水として
毎日何十万トンも巡回させ
その超高熱の排水をちょっとだけ冷まし
また海に放出させている
プランクトンは完全に死滅状態
戻された海水には小魚の餌がない
回遊魚も小魚のいない近海に寄ることは
稀のようだ


原因はそれだけが全てでもない
度重なる沿岸工事
排水などによる海への汚染
関係はさまざまにあるだろう


意気揚々と船で戻ってきた男たちも
海を真下に見下ろしながら
ひたすら待っていた女たちも
皆とっくに別の世界に逝ってしまった


集落の山の斜面では
あまり耕作しなくなった段々畑に
自然に生えた水仙の花だけが
くる年毎に
忘れないで
咲き揃うのだ



海 岸

陽光を反射させながら 
高くなり低くなり
キラキラの波間を飛び回る海鳥たちよ
穏やかな美しい海でも
塩辛いだけの空っぽの海
ここにしか生きられぬものよ
水平線上の原発立地に向ける眼差しが寂しげだ


ようやく春めき
気持ちが浮きそうな陽気に
日によってここから望める青い半島への思惑
不漁続きを嘆く海人たちは
大きなため息をつき
肩を落としながらも
海凪を確かめ出漁準備に余念がない
             

きびしく長い冬の間
可憐な水仙の花々も
潮風に吹き荒ばれながら
山の斜面にいっぱいに咲き群がっていたのに
暖かな日差しのなかでは
もう一様に終わりを告げている


魚を狙う海鳥も 
漁に出ていく人々も
海を見渡しながら咲きつくす野花も
信じられないくらい豊かだった太古の昔から
取り返しのつかない自然を守りつつ
繰り返される 
海岸を巡っていく風景のなかで
したたかな蘇りのときを待っている



泥に棲む魚

安らぎの中で野望を嚙み殺し
時間だけが
相当永く過ぎてきてしまったようだ


波の幻影が揺らめく海底で
砂を被り 泥に潜り 獲物を狙う
胎内にいたままのような格別に良い世界だ


ヌメヌメのこの泥色した魚体は
見かけよりも格別な美味になり
何時か何処かでたっぷりと蘇るだろうか


清々しくて透明な海中を
途方もない大海原を精神だけが泳ぎ回るが
やはりこの温床だけは手放しがたい


漁獲船のスポットライトにさらされ
遂に運命の幕が降りるその瞬間まで
今暫くここでの眠りを貪るつもりでいる



夜の居場所

夜更けの街を彷徨いながら
聞いていた
虚しい空間に奏でる
薄ら寒い冷めた台詞を


潮騒がさざめくような戯言にも
漂流者は心が揺らめく


思い出せない程の遠い昔の記憶に
耳慣れた望郷の音
退いた波と
押し寄せる波間の繰返しは
心地よい揺りかごになり
眠らせてくれる
 

流れる夜の華やかな川で
本音ではないけど
噓でもない
ゆるゆると曖昧な言葉使ってみては
思い通りに行かない
人生を試してみたりする



フランス菊

帰化植物 
あるいは よそもの植物とか
外国種 
酷いときには侵入者
などと日本古来の植物で無いためか
こんな風に呼ばれている花


マーガレットの花は有名だけど
それにちょっとは似ているが
あんなに世話を受けなくても
やせて乾燥した土壌にでも
したたかに
道路わきの空き地などに
無造作に咲くことができる


ついこの間の
町内一斉清掃のときでも
そろって開花していたもので
花を付ける植物の良さで
雑草として刈り取られないで済み
こうして咲いていることができた
       

原産地はヨーロッパらしいけど
ヨーロッパの香りなど
まるで持ち合わせていない花
フランス菊という名ではあるけど
パリの街角など知る由もなく
この空き地の一画が気に入っている


けれどもほら 
スクールバスから降り立った子が
お母さんに持ってかえるのだと
ランドセルの鈴をならしながら
喜々として摘みとっていった
そんな嬉しい日もあるのだ



未 来

日に日に赤ちゃんは
目に見えて運動量が増える


手足をバタバタさせ
思い切り空にはばたこうとする


空を摑みあげ
風を蹴りあげ
早急に未来へと
駆けのぼろうとしている


人生をあゆみ始めたばかりの
赤ちゃんは
この世の面白いこと様々なことを
早く体験したいと
息をはずませる


宇宙いっぱいの可能性に
輝かせる視線の先は
まっすぐ突き進む未来へ向けられて
まだ挫折を知らない


この赤ちゃんにも
この先いっぱいの喜びも
抱えきれない苦難も
待っているのだろうきっと


たまらない不憫さと
たまらない嫉妬とで
私はその桜貝のような
可愛い耳元に囁く


―慌てないで 慌てないで


ゆっくりと未来を生きなさいよ








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