「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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黛 元男 (まゆずみ もとお)

<経歴>


1929年、三重県松阪市生まれ、津市在住。

詩集『ぼくらの地方』、『沖縄の貝』、『小さな噴水』、『骨の来歴』、『地鳴り』、『新日本文庫 黛元男詩集』。

「三重詩人」同人。

日本現代詩人会、中日詩人会、三重県詩人クラブ、各会員。




<詩作品>



最後の煙草




昭和十三年十月
京都第十六師団の支隊が
大別山系突破作戦の激しい戦闘に参加した


なつめの木の陰
乾草の上に兵士たちが屯している
肩先を撃たれた者
鉄カブトを打ちぬかれて前頭を傷ついた者
足首が砕けて歩けない者
ひとりは仰向きに寝て
泥のついたシートをかぶったままものも言わない
胸をやられているようだ
どの兵隊の包帯にも
生々しい赤い血がにじみ出している


錦はポケットの底から
一本しか残っていない煙草をとり出して
火をつけた
すみませんが
タバコがあったらいただけませんか
あ 俺もこれで仕舞いなんだ
半分ずつ分けて吸おう
負傷して痛みに耐えているかれらに
錦は残りの半分を吸ってしまう気になれなかった
火のついた半分の煙草を隣の男にあたえた
紫のけむりが二人の口から昇り出すと
沈んでいた顔が
やがて生き生きしてきた


   *


駅の階段をのぼると
ふいに息苦しさがおそってきた
内壁がせまくなった冠動脈の映像が
目のまえに垂れさがる
血流がよどみ
心筋が貧血にあえいでいるのだろう
甘いけむりのピース時代から五十年のぼくの煙草歴
誰もいないベンチに腰をかけ
ぼくは最後の煙草に火をつけると
ふかぶかと
胸に吸いこんだ。


*錦米次郎・昭和13年「従軍手帖」より



水 銀




丹生
という地名には水銀鉱脈が埋っている
山道の草むらを
ばしッ ばしッと枝でたたいてさきに登る源三さん
マムシに気いつけやんとな
え ほんまか
足もとがにわかに青臭くなってくる


暗い杉林の奥
二つの坑道が口をあけている
立っては歩けない低い天井がすぐに地中に消えているのは
斜坑になっているのだろう
あたりの地層が吐きだしている
赤い土と礫岩
これらも
朱をふくんでいるのか


勢和村を東西にはしる
櫛田川に沿う中央構造線
断層のまわりに散らばる二〇〇余の水銀鉱床がある
奈良大仏の金メッキのころから
朱砂がさかんに掘りだされ
都にはこばれた
昭和46年
鉱毒で閉山するまで採掘がつづけられた
村の旧家に
鉄の槌と運び籠が残っている


きりりり きりりりりり
ありゃあ 河鹿のおすが鳴いているんや
いま さかりの時季やからな


山を下ると
丹生大師の山門が待っている
弘仁四年
空海がひらいた神宮寺の七堂伽藍
千二百年の風雨と火災をくぐりぬけて
柱も板壁も
やわらかな木肌の色だ


五十の石段をのぼると
大師本堂の前
願いをもつ男女がいつの世もここに立つ


水銀は
薬にも毒にもなるんやがな
かわいい子でもおろさにゃならぬ
サマにかいしょがないゆえに
くらしの火に追いつめられて
おろしぐすりの白い粉が女の喉に流しこまれた


悲願をかけた女たちの黒髪が切りとられ
風に乗り
空を飛んで
堂の格子戸にきりきりからみつく
風が来るたびに
髪の先が跳ねあがり
渦をまき
ばさッと闇を打つ。
  

*1 水銀の原石、硫化水銀
*2 熊野地方の里謡


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