「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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上田 由美子 (うえだ ゆみこ)



<経歴>

詩人、エッセイスト、画家

1938年 広島県広島市生まれる。父の江坂彌は海軍大佐で呉の海軍兵学校の教官だった。

1943年 父が南太平洋ギルバート諸島タワラ環礁にて戦死。四七〇〇名以上が玉砕したタワラ

       の戦いで柴崎恵次司令官が戦死した後に、父は副官として指揮を執った。

1945年 原爆投下の数日後に広島市内を横切り入市被曝をする。

       また自宅で家族と被爆者の介護を行った。

1986年 油絵を始め、2001年と2003年に広島市内で個展を開く。

2003年 詩作とエッセイを開始する。

2006年 父からのハガキを引用した詩「一枚のハガキ」で第7回白鳥省吾賞受賞

2007年 詩画集『白い闇』刊行。代表的な絵画と詩篇を収録した詩画集。

帯文は谷川俊太郎で次のように記された。〈私的な事実がもがきながら歌として甦る。花々にも水にも銀河にもひそむ「命の律動」が、上田さんに詩を受胎させたのだ。〉

原爆詩を書き続ける御庄博実や長津功三良などの広島を代表する詩誌「火皿」の同人になる。

      『原爆詩一八一人詩集』(コールサック社)に詩「ガラスのかけら」と「夾竹桃」が収録。

2009年 詩集『八月の夕凪』(コールサック社)刊行。


解説者の鈴木比佐雄は次のように記している。〈上田さんの詩編は生き残った被爆者たちの鎮魂の思いや核兵器廃絶への願いを正確に伝えている。「広島の夏を語り継ぐことの苦しさ」に耐えて、なおかつ書き記さなければならない使命感に貫かれた詩編だ。(略)広島の夏の夕暮れの風が止まる「八月の夕凪」とは、原爆が炸裂した瞬間を広島に甦らせる瞬間であり、人類が決して忘れてはいけない祈りの瞬間であると明らかにしている。上田さんなど被爆関係者たちは核廃絶を願って一日一日を過ごしている。〉この詩集は今も「広島平和記念資料館」ミュージアムショップにて展示販売されるなど、版を重ねて現在は3版目が販売中。


2010年 『八月の夕凪』は「H氏賞」・「日本詩人クラブ新人賞」・「小熊秀雄賞」などのその年の最高峰の詩集賞の最終候補詩集にノミネートされた。

2011年 「広高交響楽団」のオーケストラをバックに、詩「八月の夕凪」を朗読。

2013年 朝日新聞8月4日号に女優の斎藤とも子が『八月の夕凪』について次のように書評をし大きな反響があった。

〈上田由美子さんの『八月の夕凪』の中の詩は、朗読もしています。《広島の夏は/街全体がこの時 

静止する/晩景 色を伏せ/黙祷(もくとう)するかのように夕凪に従う》という表題作。風がなくなる夕

凪には、亡くなった方の霊も出てきているのかもしれません。呉市に住んでいた7歳の上田さんは、原

爆投下の数日後、広島市に入って被爆しました。どんな言葉もうそになる、と書くことも話すことも封印

したそうです。60年ほどたって「沈黙していては忘れられる」と、書き始めました。一見、生々しい描写

はありません。60年の距離感が読む人の想像力を働かせ、より深く考えさせてくれます。「靴を脱ぐ」と

いう詩。《その老人は 公園では靴をぬぐ/「公園ん中をのお 靴をはいて歩くこたあ わしにゃでけん

のお こん土地ん下にゃ わしのとうさんやかあさんが 眠っとるけん……」》広島弁が胸にしみ込みま

す。〉

YMCA創立75周年記念ソング「明日(あした)に向かって」の作詞を依頼されて英語にも翻訳されて世

界中のYMCAで歌われている。


 2015年 英国のコベントリーで原爆に関する詩を書いている詩人アントニー・オーエン(Antony 

Owen)が5月10日に来日し広島平和記念資料館内の国際会議室で上田由美子と対談をする予定。

  

日本現代詩人会、日本詩人クラブ、広島県詩人協会、中四国詩人会、広島ペンクラブ、各会員。

詩誌「火皿」・「竜骨」同人。「コールサック」(石炭袋)に寄稿。詩集『八月の夕凪』




<詩作品>



八月の夕凪



広島の夏は
夕凪が街を覆う
一日に一回 夕暮れ時
風を一斉に止め
木々が葉音を止め
空気が微動だにしない


広島の夏は
街全体がこの時 静止する
晩景 色を伏せ
黙禱するかのように夕凪に従う


この時間
公園のブランコはゆれ始め
ベンチには夕陽に透けて人影が座る
水面から蒼い光が立ち上がり
岸辺に浮いていた小舟を音もなく
滑るように漕いでいく
橋の欄干から
土手の芝生から
花時計の香りの中から
この世を懐かしみながら
追憶の糸をほぐしながら
ほんのりとかすんだ暮色に抱かれて
被爆者たちの霊が
無常の苦界に一時を憩う


やがて風が
夕凪の終わりを告げはじめると
街は一斉に動き始める
誰も束の間の鎮魂を見た者はいない


広島の夏を語り継ぐことの苦しさに
ケロイドの刻印を隠しながら
己の影を引きずったまま
人生を終えようとしている年老いた人々


私は被爆者として道の最中にある
原爆ドームを正視出来ない呪縛にとらわれながら
八月の鐘を音もなく鳴らし続けるのだ





赤いパラソル



真夏の日差しが
あたり一面に飛び跳ねる中
赤いパラソルが通っていく
道ばたの草花は暑さにうなだれ
地の底までもが水を乞う


赤いパラソルは誰がさしかけているのか
真直ぐに
真直ぐに
進む赤いパラソル


遥か彼方に見える乾いた草原の地平線
赤い色をこぼしながらパラソルは進む
赤いパラソルは誰に陰を与えているのか


遠くでかげろうが広がる


空と大地の間を擦り抜けたり現れたり
やがて淡い波紋を描いて
滲んで消えていったまま
どこへ行ってしまったのか赤いパラソル


再び現れた時
私の頭上で閃光を放ち
巨大なパラソルがすべて覆った
キノコ雲は天を突き上げ
宇宙を我がものにしながら
かつてない赤い色で地上を遮断した


私の生涯に張りめぐらされた縦糸と横糸に
しっかりと織り込まれた赤の色
私の中で閉じられることのない赤いパラソル
消えることのない闇を広げたままで


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