「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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吉田 博子 (よしだ ひろこ)

<経歴>

1943年 岡山県備前市生まれ、倉敷市在住。

詩集『花を持つ私』『影について』『石仏のように』『雪をください』『わたしの冠』『野鳥へのたより』

『月の夜』『立つ』『咲かせたい』『いのち』。

2010年 コールサック詩文庫『吉田博子詩選集一五〇篇』。

2011年 詩画集『聖火を翳して』(コールサック社)。

<詩作品>


雪をください

素朴に持ち上げた私の腕に
雪をください
野仏のみ手になにげなく降り積んだ雪のように
私の短い円い右腕にも
白いふっくらした雪をください
これ以上働くことは出来ません
これが精一杯です
私の今日は終りです
言葉は掛けず
雪をください
夕暮れをください
沈黙の子守り歌をください
母なるものよ 地上へ降りてきて
私の身体を横たえてください
野仏も横になりたいのです
子供にとって 良き母である事も
夫にとって よき妻である事も
社会にとって 良き社会人である事も
職場にとって 良き働き手である事もぬきにして
私の疲れた腕に
綿のように軽々とした雪をください


ふたり

病院の待合室に
若い男女は
荒波に吹き寄せられた海草のように
力を失って坐っている
男は逃げ腰に
少し腰を浮かし
女はカーリーヘアーを
ふさふささせ
堕胎の時を待っている
レースのカーテンの窓際
女は 谷川に遊ぶ小さな蛇のように
戯れただろう
朝日に鱗を輝かせ
仰け反ってみせたり
若さは 虹
薄桃色の絹
しなやかな弓
白い長い干瓢のように陽に乾かされる
肌の滑らかさ
牡丹の花をテーブルの中央に生け
部屋はその匂いで一杯になり
逃げだしたくなる程
愛を充たしたかった 女は
男のように 何気なく
愛を受け止められないのだということを
きっと知らなかった筈
春のうららかな陽に
身体が溶けてしまうぐらいな
うっとりとした時間の中で
問いかけは 意味を失ってしまう
カーテンを開けて
出てゆこうとする男は
真昼の光に戸惑い
やがて目を醒ます
男は巣から旅立とうとするが
女と共にではない
巣の中に 多くの羽根を残して
飛び去ってゆくつもり
卵を雛にかえせず
若さとあり余る時間を連れて
大空に舞う
女は数をかぞえる
ひとぉつ ふたぁつ みいっつ
さようなら と
愛の形見が別れの言葉を言ったのだろうか
麻酔のかかった女の目尻から
一筋涙が光って流れ落ちた



たっくんと娘

娘の家の中では
米びつの上に雨蛙が座っている
冷蔵庫の横にはこめつきバッタが
ひっついていたり
ハムスターと鶉を飼っている隣の部屋
古い畳の少しの透き間から
青大将が上がってくる
たっくんと一緒に大格闘をして
袋に青大将を入れ警察に持っていく
警察官もどうしようもなく
 「それじゃあこちらで何とか処理しましょう」
 
二 三日したら
同じ青大将がちゃんと帰ってきて
娘に向かってドアのところで笑ったという
今夏には外の傘立ての中で
そのヘビがまるくなっていたという
餌をくれる人はピラニアでもよく知っているらしい
話しかけてくるような様子をしたり
餌の時間には一定の餌場に来ているそうだ
二次元 三次元の世に住まう
娘と その子である


あかるいあかるい光の中で

壁の影は
原爆の光をあび
一瞬の人形です
静かに静かに手を伸ばして
人形の方へと
まるでゼリーのようにふるふると
あかるいあかるいかなしい影
人はこんなにも残酷になれるものですか
なぜ地球のひとびとは
信じあえないのですか
すべての核兵器を捨てたら
どんなに身軽になれることでしょう
人の心の醜さが
一番あらわれる核兵器保有国
母の胎内にいる時の児のように
みんな裸の心になりませんか
壁の影は黙っているでしょう
今の世の中のありさまを
言葉もなく人形は
立ちつくしていることでしょう
なぜ人は過ちを繰り返すものなのでしょうか
人はそれぞれちがう けれど
ちがうということを尊重して生きましょう
二度と核を持たない、と
このあかるいやさしい風の中で誓います
一瞬の光線に影となった人形に誓います


いのち

木がいます と
タイ語ではいう
木には命が宿っているからだ という
国の言葉が
生きとし生けるものと
命をもっとも大切にしている源
戦争は人の命を粗末にすること
人間同士が敵対して
殺し合いをする
ことわざにも
 「一寸の虫にも五分の魂」とある
一つ一つの生に命の輝きが
あかりを点している
たとえ小さな灯でも
命が消えゆくまで大切に大切に両手で
囲み守ってゆくことが
一番大切なこと
花は美しく咲き散ってゆく
命の儚さを嘆くことはない
継がれてゆく
たとえば球根となり実となり種となって
次世代へと引き継がれる
人の命も亡くなっても
その命を育みその命の輪となって
生きた者達の心の中で
大事に継がれる思い出となり
来世に生まれ変わる
森の中で
命のささやきが聞こえませんか
逝ったあなたに語りかける声に
答えるこだまが響くように
 


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